介護の現場で認知症の利用者に対応していると、「どう声をかけたらいいんだろう」「何度も同じことを言われてどう返したら……」と困る場面が出てくるものです。
認知症の方は、記憶や判断力の変化によって以前とは違う行動や言動が増えてきます。でも、それはご本人にとっては理由のある行動であることがほとんどです。
この記事では、介護職が認知症の利用者への対応で困ったときに使える具体的な対応方法と心構えを、場面別にわかりやすく解説します。日々のケアで迷ったときのヒントとして、ぜひ参考にしてみてください。

認知症の利用者への対応で困る場面とは
介護の現場では、認知症の利用者への対応で困る場面が日常的に発生します。具体的にどんな場面で困ることが多いのか、よくあるケースを整理しておきましょう。
同じことを何度も繰り返す
記憶障害が進むと、同じ質問や同じ話を何十回も繰り返すことがあります。「さっき答えたのに……」と思ってしまいがちですが、ご本人は毎回初めて聞いている感覚なので、そのたびに丁寧に対応することが大切です。
帰宅願望が強い
「家に帰りたい」と訴え続けるケースは非常に多く見られます。実際にはすでに自宅にいる場合でも、「ここは自分の家ではない」と感じてしまうことがあり、対応に苦慮する介護職は少なくありません。
介護拒否がある
入浴や食事、着替えなどの介助を拒否されることもあります。無理に行うと興奮状態を引き起こす可能性があるため、慎重な対応が求められます。
暴言・暴力的な行動が見られる
認知症の進行に伴い、突然怒り出したり、手が出てしまったりすることがあります。これはご本人が不安や混乱を感じているサインであることが多く、感情的にならず冷静に対応する必要があります。
徘徊(ひとり歩き)への対応
目的もなく歩き回っているように見えますが、ご本人には「買い物に行く」「仕事に行く」など、何らかの理由があるケースがほとんどです。安全面の確保と、ご本人の気持ちに寄り添う対応の両立が求められます。

認知症対応の基本的な心構え
認知症の利用者への対応では、テクニックよりも先に心構えを整えることが重要です。以下の3つの原則を押さえておきましょう。
否定しない・叱らない
認知症の方の発言や行動を否定したり、間違いを指摘したりすることは逆効果です。「それは違います」「さっき言ったでしょう」という言葉は、ご本人にとって大きなストレスになります。
記憶や判断力が低下していても、感情は最後まで残ると言われています。嫌な気持ちになったという感情だけが残り、介護者への不信感につながる可能性があります。
ペースを合わせる
認知症の方は情報の処理に時間がかかることがあります。急かしたり、一度に多くの情報を伝えたりすると混乱を招きます。ゆっくりとした口調で、短い文章で一つずつ伝えるようにしましょう。
安心感を与える
認知症の方は常に不安を抱えていることが多いため、穏やかな表情や優しい声のトーンで接することで安心感を提供することが大切です。名前を呼んで目線を合わせてから話しかけるだけでも、ご本人の不安はかなり軽減されます。
認知症ケアの3原則は「否定しない」「ペースを合わせる」「安心感を与える」です。この3つを意識するだけで、日々のケアがスムーズになります。
基本の考え方をじっくり確認したいときは、認知症ケアの解説書を1冊手元に置いておくと、迷ったときに読み返せます。
場面別・認知症の利用者への具体的な対応方法
ここからは、介護現場でよくある困った場面ごとに、具体的な対応方法を紹介します。
同じ質問を繰り返すときの対応
同じ質問に対して毎回丁寧に答えるのが基本ですが、対応する側も疲弊してしまうのが現実です。以下の工夫が有効です。
- メモや張り紙を活用して、視覚的に情報を提示する
- 答え方のバリエーションを持っておく(「そうですね、〇〇ですよ」「〇〇なので安心してくださいね」など)
- 話題を自然に変えて、別のことに注意を向ける
- 不安が原因であれば、その不安そのものに対応する
帰宅願望への対応
「家に帰りたい」と言われたとき、「ここがお家ですよ」と否定するのは避けましょう。代わりに以下のような方法を試してみてください。
- まずは気持ちを受け止める(「お家が恋しいですよね」)
- 具体的な提案で気をそらす(「お茶を飲んでから行きませんか」)
- 一緒に少し歩いてから、別の活動に誘導する
- 夕方に帰宅願望が強まる「夕暮れ症候群」の場合は、その時間帯に活動を入れる
介護拒否があるときの対応
入浴や着替えを嫌がる場合、無理に行うと事態が悪化します。以下の対応を心がけましょう。
- タイミングを変えてみる(今は嫌でも、30分後にはOKになることもある)
- 介助する人を変えてみる
- 声かけの方法を工夫する(「お風呂」ではなく「温泉に行きましょう」など)
- 段階を踏んで少しずつ誘導する

暴言・暴力的な行動への対応
暴言や暴力的な行動が見られた場合、以下のような対応が有効です。
- まず安全を確保する(距離をとる)
- 原因を探る(痛み、不快感、環境の変化など)
- 落ち着くまで見守り、穏やかに声をかける
- 刺激を減らす(テレビを消す、人数を減らすなど)
- チームで情報共有し、どんなときに攻撃的になるかパターンを把握する
徘徊(ひとり歩き)への対応
徘徊はご本人にとっては目的のある行動です。以下の対応が基本となります。
- 行動の理由を探る(「どちらに行かれるんですか?」と聞いてみる)
- 一緒に歩きながら話を聞く
- GPSデバイスなどの安全対策を検討する
- 環境を整備する(出口に暗証番号ロックをつける等)
- 運動不足が原因の場合は、日中に適度な活動を取り入れる
GPS端末は小型のものや靴・かばんに入れられるタイプなどがあり、ご家族と相談しながら安全対策のひとつとして検討されています。
認知症の症状別に知っておきたい対応のコツ
認知症にはさまざまな種類があり、それぞれ特徴的な症状が異なります。主な認知症の種類と、それぞれの対応のコツを押さえておきましょう。
アルツハイマー型認知症
認知症全体の約60〜70%を占める最も一般的なタイプです(厚生労働省 認知症施策推進総合戦略より)。初期は物忘れが目立つのが特徴で、新しいことを覚えにくくなります。
対応のコツとしては、短い言葉でわかりやすく伝える、視覚的な手がかり(写真や張り紙)を活用する、日常のルーティンを大切にすることが挙げられます。
レビー小体型認知症
幻視(実際にはいない人や動物が見える)が特徴的な症状です。「そこに子どもがいる」などと訴えることがあります。
幻視を否定せず、「大丈夫ですよ、私がいますからね」と安心感を与える対応が効果的です。また、パーキンソン症状(手の震え、歩行障害など)を伴うことが多いため、転倒防止にも注意が必要です。
前頭側頭型認知症
社会的なルールを守れなくなったり、同じ行動を繰り返したりする症状が特徴です。比較的若い年齢(65歳未満)で発症することもあります。
行動パターンを把握して先回りした対応を心がけ、決まったルーティンを作ることで混乱を軽減できることがあります。
血管性認知症
脳梗塞や脳出血が原因で起こり、症状にムラがあるのが特徴です。「昨日はできたのに今日はできない」ということが起こりえます。
調子の良い日と悪い日の波を理解し、無理をさせない柔軟な対応が求められます。

チームで取り組む認知症ケアの重要性
認知症の対応で困ったとき、一人で抱え込まないことがとても大切です。チームで情報を共有し、統一した対応をとることで、利用者にとっても介護者にとっても良い環境が作れます。
ケースカンファレンスの活用
定期的なカンファレンス(会議)で、利用者の状態変化や効果的だった対応方法を共有しましょう。「Aさんには午前中に声をかけると穏やかに応じてくれる」といった具体的な情報が、チーム全体のケアの質を高めます。
認知症ケアに関する研修への参加
認知症介護実践者研修や認知症ケア専門士の資格取得など、専門的な知識を学ぶ機会を積極的に活用しましょう。知識が増えると対応の引き出しも増え、困る場面が減っていきます。
認知症ケア専門士を目指すなら、市販のテキストで出題範囲をひと通り眺めておくと、勉強の計画が立てやすくなります。
公益社団法人 認知症の人と家族の会(公式サイト)では、介護者向けの相談窓口や情報提供を行っているので、困ったときの相談先として知っておくと役立ちます。
家族との連携
ご家族にも認知症の症状や施設での様子を丁寧に共有することが重要です。家族が理解を深めることで、面会時の対応がスムーズになり、利用者の安心感にもつながります。
認知症対応で介護職が自分を守るために
認知症ケアは精神的に大きな負担がかかる仕事です。自分自身を守るための工夫も忘れないようにしましょう。
感情的にならない工夫
何度も同じことを言われたり、暴言を受けたりすると、感情的になりそうなことがあります。そんなときは以下の方法が有効です。
- 深呼吸をして一呼吸おく
- 「これは病気の症状なんだ」と自分に言い聞かせる
- 対応を他のスタッフに交代する
- 休憩時間にしっかりリフレッシュする
ストレスケアの習慣化
認知症ケアに携わる介護職は、燃え尽き症候群(バーンアウト)のリスクが高いと言われています。定期的な運動や趣味の時間、信頼できる人への相談など、自分なりのストレス発散方法を持っておくことが大切です。
認知症対応に役立つ外部リソース
認知症ケアについてさらに学びたい方や、困ったときの相談先を知っておきたい方に向けて、役立つ外部リソースを紹介します。
- 公益社団法人 認知症の人と家族の会:電話相談やつどいの場の情報を提供
- 厚生労働省 認知症施策推進:国の認知症施策や最新の情報を確認できる
- 厚生労働省 こころの耳:介護職のメンタルヘルス相談窓口

よくある質問(Q&A)
Q. 認知症の利用者に嘘をついてもいいのでしょうか?
認知症ケアでは「セラピューティック・ライ(治療的な嘘)」と呼ばれる考え方があります。たとえば「お母さんが迎えに来る」と言って落ち着いてもらう場面です。完全な正解はありませんが、ご本人の安心と尊厳を最優先に考えることが大切です。ただし、チームで方針を共有し、統一した対応をとるようにしましょう。
Q. 認知症の進行を遅らせることはできますか?
認知症の進行を完全に止めることは現時点では困難とされています。ただし、適度な運動、社会的な交流、回想法などのレクリエーション、バランスの良い食事などが、認知機能の維持に寄与するとされています。日々のケアの中でこうした要素を取り入れることが重要です。
Q. ユマニチュードとは何ですか?
ユマニチュードは、フランスで生まれた認知症ケアの技法で、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を基本としています。これらを組み合わせることで、認知症の方との信頼関係を築き、穏やかなケアを実現する方法です。日本の介護現場でも注目を集めている手法です。
まとめ
認知症の利用者への対応で困ったときは、以下のポイントを思い出してください。
- 否定しない・叱らない・ペースを合わせるという基本姿勢を守る
- 困った行動の「背景にある理由」を想像する
- 場面に応じた具体的な対応方法を使い分ける
- 認知症の種類ごとの特徴を理解しておく
- チームで情報を共有し、統一した対応をとる
- 自分自身のメンタルヘルスも大切にする
認知症ケアに完璧な正解はありません。大切なのは、ご本人の気持ちに寄り添いながら、試行錯誤を続けることです。今日学んだ対応方法を、明日からの現場で少しずつ実践してみてください。
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